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めーえ

2006.08.15
小泉総理が靖国神社に行きましたが、それを騒ぎ立てる報道の皆様に度肝を抜かれました。
なんだか長い放送時間の割りに、感情論すれすれの微妙な批判や煽り立てをするだけで、公式の総理の意見をまともに論じようとしてないんじゃないかとかなんだとか。
あれだ、全く発展がなくてそれにイライラするのです。
イライラするなら見なければいいじゃないかと思って見るのをやめました。
だめだ。
しかし反対して怒っている人たちも、それが純粋な怒りじゃないのが複雑です。
今更でしょうけども。
一般市民レベルだと本気の人もいるのでしょうが、中国なんかの上層部は完全に政治的な見地から煽っているように見えるし、韓国は・・・どうなんでしょう。
しかし一般レベルで怒ってるのは本当のことなんでしょうね。それが狙いか。
かといって小泉総理が純粋な慰霊だけのために参拝したとも言い切れないわけで。
なんだか慰霊とか追悼の本当のところが押しやられて、上のほうでおしあいへしあいしているような空しさは感じます。
政治的なところでこれを持ち込むのはだめなのでしょうけども。

あんんまり政治とか国際情勢がよく分からない人がぐちぐち言っても痛いだけですね。
まあいいや。

めーえ!
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たまには。

2006.04.07
ユダは裏切り者じゃない?「ユダの福音書」写本と確認
エジプトで70年代に発見され古美術商の手にあったパピルス紙の束が、専門家らによる修復鑑定作業の結果、初期キリスト教の幻の外典「ユダの福音書」の約1700年前の写本だと確認された。聖書ではイエス処刑への道を開いた「裏切り者」として描かれる「イスカリオテのユダ」が、実は、イエス本人の命令に従い「救済」を完成させるために引き渡した「善行の人」だったと主張する内容で、議論を呼びそうだ。

久々に夕刊を見て、第一面に「福音書」だの「ユダ」だのとなじみのある言葉が踊っていてびっくりしました。比喩じゃなくて使われているのをみるのは結構久しぶりです。
福音書というのはそもそもキリストの言行を記録した文書で、マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネと新約聖書に入ってるもの以外にも「マグダラのマリアによる福音書」だの「原トマス福音書」だのといろいろと胡散臭いのも存在します。新約聖書に入っているもの以外は、これから書くグノーシスだのの影響を受けていたり(というかその見地から書かれていたり)、その他色々とノイズが入っていたりで偽典として扱われています。だから「五つ目の福音書が見つかったー!」って話ではないわけです。
それでユダによる福音書、各報道紙なんかでは「議論を呼びそうだ」だのなんだのと書かれていますが、この記事の最後を見ると、そこまで大混乱みたいにはならない気もします。教会大激震どころか、穏当に資料としての扱いを受けそうです。なぜならこれはグノーシス主義なんていう立場から書かれたものだからです。この主義はキリスト教のなかの天敵で、一時期は相当な力を持っていました。だって楽なんだもん。ニケヤ・コンスターチノープル信条なんていう全キリスト教に共通する信条がありますが、こういうのにもしっかり、グノーシスに気をつけろ的なことが書いてあるのです。(『乙女マリアより体を受け』云々)

ところでこのニケコン信条、オーソドックス(東方正教会)だとカトリックやその他プロテスタント諸派とは微妙に違うのです。「聖霊は父と子から出て」なんてフレーズがあるのですが、オーソドックスは「聖霊は父から出て」なんていう風になっているわけです。もともとオーソドックスのほうが正しくて、カトリックの「父と子から」っていうのは微妙に最初とはずれてしまっています。なんだ、ここのところを「フィリオクエ問題」なんて言ったりします。意外と大きな問題なわけです。父と子から出てることになると、聖霊の立場が微妙に低くなってしまうわけですから。これのために東西の分裂が決定的になったといっても過言ではないわけです。キリスト教があまりに広範囲に広がったために、東方と西方が文化の違いや諸般の事情でうまく連携がとれなくなってしまったための相違でしょうけども。

んで、なんだ余計な話をしましたが、ユダの福音書。グノーシスというのはややこしくてうまく説明できません。とりあえずプラトン主義が変に誤解されたのが始まりとかなんとか、どっから出てきたのかがいまいちまだ明確に判っていません。大雑把に言うとお肉が嫌いな二元論な人たちです。ベジタリアンじゃありません。旧約聖書に登場する神と新約聖書に登場する神を別物と考えます。そして肉体をダメな神様が作った嫌なものと考えて、「神であるキリストが肉体なんて持つわけがない」みたいな考えの下、神の受肉なんてのを否定してしまいます。平たい話、キリストを幻覚で済ませてしまうわけです。それに加えて、キリスト者たちが重視する現世での行いだのなんだのを全否定してしまうわけです(肉体は穢れてるからなにやってもオッケーって)。そうするとなんだ、いろいろ大混乱なわけです。新約聖書の後半にある書簡集なんかにも色々と注意してよ勘弁してよといったようなことが書いてあります。ユダによる手紙(イスカリオテのほうじゃないよ)なんか必死です。
ここのところ、書いていくと深みにはまってきりがないのでここら辺でやめます。まあいいや、よくわからん。
なんだかんだいって、この文書に書いてあるユダ像はとても面白そうです。ユダは同名のユダさんが洗礼名として人気がなくなるほどキリスト教世界では嫌われている人ですから。だからなんだろう、パラレル的な興味はあるかなとかそんな感じです。

なんだろう、改めて読み返すと自分が何を書きたいかよくわかりませんが、とりあえずフィリオクエ問題を強調してみたかっただけのような気がします。
とりあえずあれだ、4月末に刊行されるといううわさなので、機会があったらちょっと読んでみたいです。原語のままだったらお手上げですけども。ダヴィンチコードの勢いで和訳されないかな。無理かな。
とりあえずグノーシスとかそこのところは里奈さんが判りやすく書いてくれているような気がします。ていうかなんだ、かぶったよ。

◆参考
ナショナルジオグラフィック内特集

党首討論

2006.02.22
日中家にいるせいか、生まれて初めて国会の中継を最初から最後まで見てしまいました。永田さんが悪い。

党首討論、ちょっと期待していたのです。新しい何かが出るんじゃないかとか、変わった発言が出るんじゃないかとか。でもダメダメでした。やっぱり日本の政治って狂っているのかなあと真剣に思いました。「ガセと決まったわけではない」とは言え、怪文書を怪しい理論の元に振り回してる人に、さも時間つぶしのように教育がどうのと主張してほしくないなと思ってしまうわけです。むしろあんたの政党のほうがゆとり教育じゃないかと。
なんだ、最近の顛末を見ていると、私みたいなだめ人間の目を「政治に向ける」ためにショーでもやっているのではないかと、変な気分になります。エンターテイメントとしてはいいかなあと思うのですが、思えば両親が払っているような税金の上でこれをやっているわけで。そう思うと、ちょっと見物代が高すぎるんじゃないだろうかと微妙なやりきれなさを覚えます。
なんだかでも、今回の党首討論はエンターテイメントとしてもダメダメでした。小泉さんがちょっと格好よく見えてしまいましたよ。
うーん。

うーん・・・。

2006.01.07
幼児連れ去り事件で有名(?)になったスペルマン病院。
ネーミングがシモっぽく聞こえるようで、なんだかあちらこちらでネタにされています。
ここで一応主張してみたいのですが、この「スペルマン」というのは人名なのです。
このスペルマンさんはニューヨークの大司教で枢機卿。病院の設立を支援した方です。
ほかにもなんだかいろいろと作っていて、切手博物館なんかもあります。
それだけ。

ちょっと社会的なことを書いてみる/ソウ

2005.10.31
なんだか内閣が組閣されたようです。
今日は一日中、まったくやることがなかったのでテレビをつけてごろんごろんしていました。たまに工作とか。
それでテレビを見てると、どの局もずっと内閣組閣についてやっているわけで、まあ大切なことだよねと思いながら漫然と見ていました。
そうしてるとなんだかサプライズサプライズがバカの一つ覚えのように繰り返されてて、それ以外に言うことないのかなあと微妙な気分になりました。
あと朝日系がインタビューですぐに「靖国は~」とか言ってるのを聞いて、やっぱり微妙な気分になりました。それしか頭にないのか。

・・・語ろうと思いましたが、知識がないのでどうにもこうにも語れません。
悲しいもんです。
ただ唯一言えるのが、猪口さんのドレスはちょっと趣味が悪いんじゃないかということだけです。なんかもう、フィーリングで。

あと「ソウ」を見ました。
現在2が公開されてて、先日1がWOWWOWでやったのですが、それを録画したやつを。
・・・見てて鬱になりました。気分じゃないときに一番気分に合わないものを見てしまったようです。
元気なときに見たら、謎解きだの複線だのに胸がドキドキしたのかもしれませんけども。
しかもラストのあれがああなってああしてるのはバレバレだった気がします。なんていうか、視聴者に。
んで、わりと腑に落ちないことが多かったのでネットでグチャグチャ調べてたら、「ジョンはヨハネで黙示録を書いたから裁きの王の象徴」とかなんとか、なんか珍解釈を見つけました。その理屈でいくと赤川次郎は三毛猫ホームズの象徴になるのか。うーん・・・。
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