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ハバネロ62日

2005.06.26
20050626224510
もう無気力でしょうがないです。私が。
それはいいとして、相変わらず元気なハバネロ達。
来週あたり植え替えたほうがいいでしょうか…
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へろへろ

2005.06.22
だめだ、最近ヘロヘロ。
家に帰る時間がどんどこ遅くなってます。
日にち超えちゃった日もあったりして、まあばかばかしく。
帰ってきて両親が寝てると、なんか悪いことしちゃったなあという気分になります。
優等生的な気分と言うより、まだ未成年なのになあというような。
家の中が妙に個人主義的な雰囲気なので、逆に居心地がわるかったりするのです。

そうえいば今度、学部有志の黙想会があるそうです。
なにかと良いチャンスかもと密かにほくそえんでいます。
完全沈黙らしいし。楽しみ。

プライスレス?

2005.06.21
気がつくと出費の多さにびっくり
手に届く範囲で「お金を払わなければいけないイベント」を挙げると
WYDの合宿 3000円
学部の黙想会 4500円
部費 7000円
合宿費 32000円!
学部の食事会 1500円
パスポート代 10000円(+α?)
高いわあ・・・。
とりあえず、一番上と下から二番目は切りました。
あらかた「普通よりか安いよー」が売り言葉らしいのですが、その普通以下を全部足すと馬鹿になりません。

コヘレトの言葉(伝道の書)

2005.06.19
旧約聖書の「コヘレトの言葉」が大好きです。
言っていることは微妙にユダヤ教とかキリスト教からはズレ気味らしく、聖書に加えるかどうかでは割ともめたらしいです。
でも大好き。特に3章。
20節の
「すべてはひとつのところに行く。すべては塵から成った。すべては塵に返る。」
というところなんて、実感とまでは行かないけれど、「そうなんだよなあ」と思うときが最近多いのです。
それで22節
「人間にとって最も幸福なのは、自分の業によって楽しみを得ることだとわたしは悟った。それが人間にふさわしい分である。死後どうなるのかを、誰が見せてくれよう。」
こういう風に繋がっていくのも好きです。
というか、1節の「何事にも時があり~」というところから本当にいいです。(本当、「好きなもの」について話そうとすると、「いい」しか言えないなあ自分。まあいいや。)
でもこれって冷静に考えると、やっぱりキリスト教的な考えから少しはずれてる気もします。どちらかというと仏教的?
私の中ではちょっとコジツケ的な解釈をしちゃってるけど。

あと個人的に素敵なサイト。
http://www.blueletterbible.org/index.html
ここで好きな聖書の章と節をいれれば、それのウルガダ版(ラテン語版)が読めるのです。
読めるって言っても、私には完全に辞書(と、文法書?)片手でないとチンプンカンプンだけど。
あー、ラテン語はやくやってみたいなあ・・・。

◆この記事にある聖書の引用は全て、日本聖書協会出版の「聖書 新共同訳」から。
 http://www.bible.or.jp/main.html
 このサイトの「聖書の本文から」で、口語訳と新共同訳の全文検索が出来ます。

托鉢

2005.06.18
ある講義で、托鉢のお坊さんについて先生が熱く語っていました。
今日、偶然新宿で托鉢僧を見かけたので、初めてあのお椀にお金を入れてみました。
お金を入れた後、しばらく頭を下げていなさいと聞いたので、ちょっと手を合わせて頭を下げました。
そしたら鐘を鳴らしていただきました。
祝福受けた気分?

改めて思うのですが、私には本当に仏教の知識ありません。
一応家は仏教なので、お寺に行ったりはしていますが、なんで行くのかとか風習的なことを全く知らないのです。
教義も高校の授業+講義ですこしそれ関係をやっているって程度。大乗起信論とかは読んでみたのですが、うーん・・・。理解と実感てやっぱり違う。
たぶん慣れていないってとこもあるでしょうし。
もうちょっと巨視的にやったほうがいいのかなあと改めて思っています。

その後ふらふらしていたら、「背中にごみがついてるからとってさしあげます」とか言っているおじさんに、軽く追いかけられました。怖かったというか呆気にとられました。
ちょっと確認しても、なにもついてなかったし・・・。
なんだあれ。

ハバネロ53日目

2005.06.17
haba.jpg

ひさびさにこちら。
葉っぱがフサフサです。
そのわりに茎がひょろっちい。
もう少ししたら太くなるのかなあ・・・。

眠い

2005.06.15
最近見事なほどに睡眠時間が足りません。
プレゼンの準備のために徹夜、その翌日の試験だとか宿題のために徹夜の2連続で。完徹じゃないですよ。
今日も「新約聖書」の講義で時間が飛びました。
この授業、内容は本当に面白いのですが、部屋が暗い・人口密度のせいで暖かい・先生の語り口が穏やか過ぎるの3重苦で、気合を入れないと時間が飛びまくります。
惜しいことしたなあ・・・。

またプレゼン

2005.06.14
またプレゼンがありました。
こんどは「夫婦について」。
カトリック中央協議会から出ている本を纏めて、それと自分の意見を言うだけです。
・・・言うだけなせいで甘く見すぎていました。
本当に前日までなーんにもやっていなかったのです。
適当に言葉浮かぶかなとか思って、とりあえずカテキズムの無駄に厚いのとかから参考になりそうな「夫婦の定義」みたいな項目を探したり、統計をちょこっと調べてみたりと、その程度の準備。

本番、まあ何回かは本文を読んでいたので、内容要約はなんとか乗り切れました。
問題は「自分の意見」。
正直、結婚なんて考えたこともしたこともないのでわかりません。
申し訳なるくらい適当にあやふやな意見をもそもそ言うしかありませんでした。適当にやっているうちになんだか話が変に迷走してしまいました。
言おうと思っていたことが言えなかったり、言うのはやめておこうと思ったことを言ってしまったり。見てる人があらかた寝ていたのが救いでした。

教会めぐり

2005.06.12
教会めぐりをしてみました。
めぐりと言っても、イグナチオと東京のカテドラルに行っただけです。いつか東京の教会めぐりをしたいなんて思いました。

一緒に行ったのが建築関係の人だったのですが、やっぱりそういう人と私では、観点というものが全然違うようです。
というか私はいままで、カテドラルなんて寒々しいくせに変に所帯じみた感じがして苦手だなあと思っていたのですが、建築的にはとても評価が高い建物だったんですね。びっくり。
私はもっとごっちゃりしてた方が好きです。横浜のとか。

それはともかく、なんとなくあちらこちらを見て思ったこと。
信仰から遠い人が設計してもいいものなのか。
べつに色々考えても、特に問題はない気もするのですが、気分的な問題として。
でもここを突っつくと、カトリックの要理すら知らず、洗礼も受けてないような人間が聖歌隊になることの方が問題かなあと思ってしまいます。典礼憲章の115にもがっちり書いてあるし・・・。
大学のサークルだからいいじゃんと言われるのですが、ミサで奉仕しているのは事実で・・・。

まあいいや。脱線してしまいました。
とにかく、視点が違う人といつも行っている場所に行くと言うのは本当に貴重な体験でした。
クリプタも初めて見つけられたし。

また結婚式

2005.06.11
また結婚式でした。
今回は写真取る人が張り切りすぎていて、正直すこしうざったかったです。
大切な日を記録に残すっていうのはわかるけど…。無意味に典礼聖歌の写真だけを撮ったり、十字架の道行きを撮ってみたり。いいのかなあ…。
しかも信者のひとが結構少なかったようで、なんだか「アーメン」言うところで言っているのが私たちだけだったりしました。
なんか気まずい…。

私も結婚式なんて出たことが無かったので、どこで何を言えばいいのかが微妙につかめていません。勉強した方がいいのかなあと。
それにしても、第一コリント13章って人気ですね。

面談

2005.06.10
大学の個人面談でした。
これってどこの学校でもあるもんなんでしょうか。高校にいるみたい。
内容は学校になれたかとか将来の進路は決まったかとか。
将来に進路について、聞かれてつい「大学院行って大学の先生になりたいです」と言ってみたところ、「博士号もとらなきゃだめだよ」と言われました。とりたいなあ、博士号。
しかも「神学の先生」として教えるには、やっぱり洗礼を受けていないといけないようで・・・。当然のことでしょうが。
洗礼は受けようかなあと思ってたりでもためらったりで、今のところ六分四分くらいです。あー、どうしよう。

コンサート

2005.06.09
聖歌隊のコンサートでした。単独でやるわけではなく、学内の音楽系サークルのコンサートの一部のような感じで。
主催側の時間調整ミスのせいで、2曲削られて5曲しか歌えませんでした。それが少し癪。
その後打ち上げだかなんだかで帰りが翌日になってしまいました。
家まで1時間以上かかるから、ちょっと油断しているととんでもない時間になってしまいます。

ふーらふら

2005.06.08
プレゼン終わってフラフラです。
本当、調べれば調べるほどキリがなくなっていきます。あそこらへん。

むちゃくちゃ緊張して、それこそ自分で何言ってるかすらわからなかったです。
とりあえず、質疑応答がかなり微妙でした。
される質問が全体的にいちゃもん系というか、ちょっと考えればわかるような微妙にずれたものばっかりで・・・。
あれって授業参加してることだけをアピールしたいだけなのかなあと思ってしまったり。私もたまにそういうことをしてしまうので、なんとなく想像はつくのです。
もしかしたらもっと違う、すごい意図があるのかもしれませんが。

たかがこれだけの準備のために授業を二コマサボってしまったので、遅れを取り戻すのに苦労しそうです。ちょっと憂鬱。

プレゼンテーション

2005.06.07
プレゼンに追い詰められています。
「聖書周辺世界」とかいう授業があるのですが、私は明日発表なのです。
追い詰められないとやる気が出なかったり、一回調べだすと止まらなくなるような性格が禍して、作ったレジュメもぐっちゃぐちゃです。
テーマは死海文書の概観。
調べ出すときりがない感じです。

年間第十主日

2005.06.05
昨日は夜の主日先取り(?)ミサではなくて、普通の平日のミサに出てみました。
御聖体を口で拝領する人がすごく多くて、ちょっとびっくりです。ベールの人も多かったし。土曜のお昼ってコンサバ。
私はどちらかというと、典礼とかはちょっと硬い方がすきです。フォークミサとかはニガテ。相性が悪いのかも。

で、今日はイグナチオに行ってきました。
バザーに釣られて・・・。
さすがにここのミサはすごいです。今まで割と小規模な教会の、しかも人が少ない土曜の夜に行っていたので、聖体拝領の長さにびっくりです。私は前の方の席に座っていたので、祝福いただいてから祈ったりなんだりする時間が長めで、結構うれしかったです。
その後バザーをふらふらして、前々から欲しくてしょうがなかった「詩篇」の本を買いました。200円で!
この本、旧約の詩篇だけを抜き出して、下に解説などを載せている本です。本当は1300円もするので、金欠には手が出し辛かったのですが、幸せなことに・・・。
詩篇大好きです。42章がいい感じ。
いつでも読めるようにしたいんですけど、聖書一冊持ち歩いていると、重くて不便なんです。で、まあ本当によかった!
それでへらへらしながら教会の売店に行くと、そこのシスターに、聖書の言葉を書いた小さいくじのようなものを引かせてもらいました。なんと出てきたのが詩篇42.2。
最近こんな偶然が意外とあります。単に私がこういうことに敏感になっただけなのか、それとも本当に偶然が増えただけなのか。

その後、修道会のパンフレット(というかチラシ)をいただきました。最近、修道会のパンフレットをいただく機会がとても多いです。まだ受洗すらしてないのに。でもそういうパンフレットの仕事内容とかを見ていると、結構いいなあと思ってしまうんですよ。なんとなく。

結婚式

2005.06.04
聖歌隊として結婚式に出ました。
新郎がうちの大学のOBで、司式司祭がその人の先生だったらしく、微妙にほのぼのした雰囲気。
キリスト教式の結婚式なんて、生で見るのは初めてでした。結婚の秘蹟じゃん!と。結婚指輪祝別してるし。いいなあ。

そういえば最近久しぶりに会った友達が、
「はやく結婚したいー」
とか言ってるのを聞いて、もう結婚が視野に入る年齢になったのかと妙に感慨深くなりました。
こっちなんか結婚どころか彼氏だって・・・。まあいいや。

ミサ?

2005.06.03
うちの大学が、姉妹校とスポーツでなんだかんだするらしく、それの成功祈念ミサ(?)がありました。聖歌隊で参加。
入学感謝ミサの時よりも信者率が低いようで、普通にお祈り中に寝てる人がいたり、「主の平和」の挨拶でほとんど動かなかったりと、なんか独特の雰囲気でした。聖体拝領の列にほとんどの人が加わらなかった時はちょっと悲しくなったり。信者じゃなくても祝福はもらえるのに。
でも、参加してる人たちが気まずいのはなんとなくわかるんです。今までミサなんかほとんど与ったことの無い人が、いきなり「主よ、憐れみたまえ」とか言わされるんですから、そりゃあ引くのも当然かもなと。
でもそこで納得しちゃうと、このミサって何のためにやってるんだかよくわからなくなってしまうのです。

あと、聖歌隊って普通に十字切ったりとかしていいのかが、まだよくわかりません。
奉献文の時とかも、手を合わせてるのは私だけだったりして気まずい・・・。聖歌隊って会衆の一部じゃないの?

性別とかなんとか

2005.06.02
今日、新約聖書の講義で「聖書における女性」観についてやりました。
やっぱり、旧約の女性観とかは現在から見るとちょっとおかしいです。
「婚約してない処女を襲った男は、責任をもってその娘と結婚し、離婚しないこと」とか。
でもこれって、最初は変だよーと思っていたのですが、シラ書の「奥さん怒ったら竜より怖いから、外でため息つきながらご飯食べるのさ」みたいな恐妻ポエム(?)を見ていたら、ある意味男にとっては、自分が負い目を持っている女性と離婚できない結婚をするというのは、すごい怖いことなのかなと思ってしまいました。

で、帰りに大学内をふーらふらしてたら、偶然学科の友人と同じ修道会の人に出会って、その人が訳したという本のチラシを一枚いただきました。
内容はキリスト教における女性の地位について。
なんだか不思議な偶然ねえと思ってしまいました。
女性についてやったあとに、女性についての本を訳した人に出会って、すこしお話してチラシ貰うって。普段はそんな雰囲気もほとんどないんです。

帰りにイグナチオの18時ミサに出ました。
びっくりしたのは、その日の福音朗読箇所がちょうど今回の講義で「女性の地位関して」の資料として取り上げられた部分だったこと。
マルコ12.18-27。
そこだけ取り上げれば、ただの天の国にかんする言葉だし、説教はなぜか旧約の朗読箇所の説明に終始していたので、このミサでは「女性について」なんて取り上げられなかったけど。

勉強していると、私が司祭になることはやっぱり無理だし(受洗してもいないようなのが言うのも難だけど)、教授や先生がたも全員男でしかも神父さんだしと、女性って不利なのかなあと思うことは割に多いです。形式上の問題かもしれませんが。
もっと「キリスト教と女性」について考えた方がいいのかなあ。これを考えることで余計に自分の性別に縛られてるような気はしてしまうけど。

私の好きなコヘレトの言葉にも、「死よりも、罠よりも苦い女」(7.25)だの「千人に一人としてよい女は見出さなかった」(7.28)だのと書いてあって、それがちょっと悲しいです。
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