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いくら寝ても眠い

2006.04.30
今日は追悼ミサのお手伝いをしてきました。
とりあえず、歌はいいなあと思いました。
会衆の歌があそこまで綺麗なミサに与ったのは生まれて初めてです。
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やっぱりパリアッチョ!

2006.04.29
最近、「俺ができないものはお前も出来ない!」みたいな空気が妙に鼻につきます。
なんですかこのネガティブジャイアニズム。
うーん。
私もできるほうじゃないんですよ。
でもなあ。

いまさら、何度目になるかわからないタイタニックを見て妙に感動しました。
やっぱり主役二人のラブストーリーはどうでもいいんです。
注目すべきは楽団と神父さんです。
黙示録はこういうところで出てくるのかと思いました。実際は最後まで告解を聞いていたとか。
最後、タイタニックがばーっと復元するところで、楽団が入り口付近にいるのがなんともいえません。さりげなく神父さんもいるんですね。
「諸君、私はこの演奏を誇りに思う」は名言だと思います。
あとあの、茫洋としたジェームズ・ホナーの音楽が好きです。

今日は一日、微妙に憂鬱でした。
キリスト教史のノートをちょこちょこまとめていたのですが、テキストやらその他の資料と見比べてみると、授業中にとったメモがあまりにも貧弱で悲しくなりました。
そもそも時系列が崩壊してる!
だめだこりゃ。

Monsieur Caneton~

2006.04.28
原罪についての授業が鬱でしょうがありません。
なんだ、まあわかってるさと言いたいところを穿ってくるのです。
うーん。もっと体系だってやったほうが、きっと私にはあうの。
情に訴えかけられるのが苦手です。情にもろいから。
それにいまいち違う切り口から同意を求められても、「その気持ちがわからない!」ってなることが多いです。

金曜日は時間が空いてる割に色々と重いです。
本当に。

なんとなく頑張るためにアサリを買いました。
おいしかったです。
やっぱり酒蒸しに限るなあ。

おーとけなーっしゅ

2006.04.25
きっと疲れたといったとたんに疲れが本物になります。
今日はもう寝よう。

Tu sei Pagliaccio!

2006.04.24

Recitar!
Mentre preso dal delirio non so più quel che dico e quel che faccio!



月曜日は二限も空きがあるせいか、いろいろと盛りだくさんです。

眉毛白いよ

2006.04.23
コラテラル
わりと情緒的だったなあというのが第一の感想です。
もうちょっと乾いたような先入観があったもので。
ストーリーのほうは警察の絡み方が欲求不満というか、全体的に散漫な印象を受けてしまいました。
ヴィンセントの「凄腕殺し屋」っぷりも雰囲気だけです。
設定とか雰囲気とかは面白いのだから、もう少し丁寧に話を作ったらどうなんだろう。

きっとこんな印象になったのは、ながらだったせいです。

たまに主張したくなること

2006.04.23
ノートを取るのに万年筆を使ってます。
別にモンブランとかペリカンとかじゃなくて、ロットリングのアートペンです。
万年筆は、ペン先に金を使ってるものと鉄を使ってるものの二種類があって、後者はわりと安価で頑丈なのです。

んで、これがたまに贅沢だとか言われるのです。
正直、シャーペンよかリーズナブルなんじゃないかと思います。
インクは一瓶買えば一年は持ちますし、ペン本体だって2000円ぽっちのものでも長く使えるのです。
それに私は左利きなので、鉛筆系を使うとこすれてノートが黒くなるのです。
そしてボールペンとかを使うと、中途半端に筆圧が高いためにノートのページがくりんくりんになるわけです。
切ない。
だから万年筆が一番便利なのです。
インクでも遊べるし。

非常におすすめです。
書き味に慣れるとボールペンに戻れなくなります。

そうか、ディディモとトマスは同じ意味か

2006.04.22
ポジティブに行こうと思ったら、バイトで微妙なヘマをやらかしました。エクセルに入力していたのが全部ふっとんでしまったのです。まあ。

最近、「熱中してる自分」と「それを自覚してる自分」というのが妙にしっかりわかるようになりました。
集中力がないんだろうなあ。

はあ

2006.04.21
憂鬱になると長いですね。
先週は意外と幸せだったんです。

どーでもいいや

2006.04.20



今日は全体的に憂鬱でした。
なんでしょうね、全体もまだまったくわからないのに「こういう問題があるんだよなあ」とか「こうなっちゃってさあ」とか言われても判りません。質問しても要領の得ない答えばかりが返ってくるのです。これじゃあこちらのイライラが募ってしまうだけです。
イライラしたらダメでしょうけども、いい加減に堪忍袋のよくわからない部分の紐がぷちっといきそうです。
いや、お仕事をしなければならないわけです。それが色々と多難なのです。私もテンポがいいほうとはいえないし、肝心なところで黙ったままになるようなタイプですが、いい加減先導してる人のテンポにイライラしてきました。
なんで外部からの売り込みをうまくあしらえないのかとか、なんで実際働いてない人を「名義上係り」にして外部との応対をさせるのかとか、疑問が湧くばかりです。
なんだ、私が先走ってイライラしてるだけなのかな。そうだったらいいんだけどな。
うーん。

通学路に八重桜の並木があるのですが、今朝は強風で桜が舞い散っていました。
地面が桜の花びらで真っ白でした。
目の前で花びらが渦を作っていました。
今日のいいところはそんなところです。

不思議なことに

2006.04.19
今日は夜空が真っ黒でした。
いつもは深夜でも群青かかってる気がするのに、今日は墨を流したような色だと思いました。
なんだ、誰もいない通りを足跡をたてないで歩いていると、自分は本当にここにいるのかわからなくなります。
誰も見てなくて、ただ自意識だけがあったとしたら、私はいたことになるんでしょうかね。

自分で書いていてわけがわかりませんが。

わりといないのも幸せかなと思ったりします。
周りがどうのというよりも、自分が。

地獄のごとき復讐がどうのこうの

2006.04.18
どうのこうの。

今日は生まれて初めて学校→バイトというのをやってみました。
意外に一日がのんびりでした。
それにしても、私はどうやらコンビニのおにぎりと相性が悪いようです。
あれのせいで胃がムカムカします。
安いのになあ。

憶測が一番楽しい

2006.04.17
タイトルについては往々にしてありうることだと思います。

今日は楽しかったです。
とりあえず昼食でわいのわいのして、夕食でもわいのわいのしました。
お財布は傷んだけど幸せかなあ。

やまなし~

2006.04.16


今日は山梨まで行ってきました。合宿の下見です。
高速バスで往復ってさりげに疲れます。日帰り旅行をする人は偉い。
それにしても河口湖周辺は霧が濃くて、その流れが意外ときれいでした。

復活徹夜祭。

2006.04.15
今日は土曜日で、昨日の流れからすると聖土曜日なんじゃないかと思われる方もいるかもしれません。

ですがなんだ、聖土曜日っていうのはキリストの死を想う、語弊はあるけど「なにもない」日です。それで土曜日の専らの主役は復活徹夜祭になります。ユダヤの習慣では日没から次の日と数えるので、徹夜祭はだいたい日没後の七時頃から行われます。だから「救い主は三日目に復活し~」と言う信仰箇条が成り立ち、旧約聖書にある記述とも一致するわけです。
それでこの日は、典礼暦(教会の一年)の頂点とも言える非常に大切な日なのです。一般にはクリスマスの方が有名ですが、そもそも生まれてただ亡くなっただけだと歴史の記録にしかならないわけで。復活をしたことが歴史的にも宗教的にも大切なのです。とりあえずここで取り上げられる「復活」が蘇生だけとは限りません。なんだ、イエスが処刑されたことと、一時は離散していた使徒たちが再結集し、非常に精力的な布教を行って殉教していったことはウラのとれた歴史的な事実なわけです。それで使徒たちになにが起こったのでしょうね?という余白を埋めるものこそが空の墓伝承なんかにプッシュされてきた「キリストの復活」です。
それでこのめでたい日に、成人のための洗礼式もやります。私が神父さんと揉めたのはここんところなんですけども。まあいいや。
そんなとこです。

そんな感じで、今日は朝方~昼をなんとなく飛ばして、復活徹夜祭でした。
ミサはなんだ、正直に書くと半分愚痴になってしまうのですけども。
実はもなにもないですが、ミサの演出というか段取りというかになんとなくむずがゆさを感じてしまったわけです。洗礼式までなにからなにまでリハーサルされると、馬鹿な私にはこのミサが「祭儀」というより「イベント」のように感じてしまうわけです。打ち合わせも大切でしょうが、いちいち壇に上がる人の立ち位置まで微調整するのがいまいちわからない。そんなにスポットをつけたりけしたりが大切なのかとかだの。妙に違和感を感じてしまうわけです。演出過剰な気がしてしまうのでしょうかね。そもそも人が少なければ打ち合わせなんて…なんでもないです。
とにかく私はひねくれ者なので柔軟になれませんよ。
ミサの進行にかんしてもそんな感じです。とりあえず朗読の間に解説が入るのがいまいちよく分かりません。説教で言えばいいじゃないかとか。めでたくて騒いで色々やりたいなら、ミサじゃなくてそのあとのパーティに力を入れればいいんじゃないかと思うわけです。
まあいいや。
もういいや。
学者としても偉い神父さんたちもたくさんいたので、とりあえず間違っているのは私です。ごめんなさい。

それはともかく、来てくれた友人に感謝します。なんとなく今日は妙に客観的になってしまったのですが、端から見ると初めての人はびっくりするかもしれませんね。いろいろあるのですよ。

それと今日引退した先輩方にはお礼と同時にちょっとあやまりたいです。出来の悪い後輩ですみません。練習の進行は妨げるはまともに拍は取れないわで、いろいろとこのまま誰かの先輩になるのはきついです。
うーん。
時間の流れるのは早いなあとしみじみ思いました。これであと一回復活祭があったら今の3年生が引退して、もう一回で私たちが引退するわけです。それで次に復活祭の頃には卒業して、それまでに社会に出るか院に行くかを決めて、そのどっちかに進んでいるわけです。それから数十回後の復活祭にはこの世にいないかもしれません。そんなもんでしょうし、これから3度目から死ぬまでが白紙ということを私は喜ぶべきなのかもしれません。まあでもなんだ、最近いまいち希望が持てないのですよ。いまここにいること自体も信じられません。しょうがないなあ。

なんだ、いきなりいろんな方面に飛んでいって一人で感傷的になりましたがそんなもんです。
時間の節とか余白にはこういう気分になるわけですよ。
とりあえず、ご復活おめでとうございます。

聖金曜日

2006.04.14
今日は聖金曜日でした。
キリストが処刑された日です。

関係ないのですが、イタリア人の先生に
「英語のミサはないのかなあ?」
と英語でいわれて、てんぱった私は
「エスペラント語のミサなら月一でやってますよ」
と答えてしまいました。間違えました。イスパニア語です。先生ごめんなさい。

聖木曜日

2006.04.13
今日は聖木曜日でした。
今週は「聖週間」といって、とても大切な週なわけです。本当は斎(断食)をしたりするのですが、なんとなくやろうかなと思っているうちに気がついたら肉を食べていました。うーん。
それであれだ、聖木曜日というのは最後の晩餐の記念です。キリストは処刑される夜に弟子たちと夕飯を食べ、その場でパンを取って「これは私の体ですよ」、ワインをとって「これは私の血ですよ」とやったわけです。なんだ、ここのところの神学だのなんだのは私もいまいちわかってないし、わかる範囲で説明するのも面倒くさいので割愛します。
こんなわけで、キリストの最後の晩餐っていうのは「ミサ」というキリスト教の根本的な儀式を定めた大切なイベントだったわけです。この時に弟子の足を洗ったりもするんですけど、それもなんだ、要は互いに愛し合いなさいってことなわけです。
むっちゃくちゃな説明ですが、そんな感じが聖木曜日です。そして私の大学でもミサがあるわけです。今日はそれに参加しました。本当は学内にある修道院にいらっしゃる神父さんやブラザーたちだけの内輪のミサなのですが、聖歌隊はお仕事なので出たわけです。
去年の聖木曜日ではカテドラルに行って神父さんだらけ(聖香油のミサだから教区中の神父さんがあつまるのです)なのにびっくりしたものですが、今回は今回でまた別のびっくりというかなんというかがありました。
学内にある修道院はイエズス会で、おそらく日本のイエズス会はここらへんが中心なわけです。そうすると参列する神父さんたちもみんなイエズス会士なわけです。ミサ中に行われる説教も神父さんたち向けですから「総長と教皇の対話で~」とかやってるわけです。それを見てるとなんとなくすごいところに来ちゃったなあと。今更ですが妙に歴史を感じました。世界史でやったなあと。目の前みんなDeo militareかと。これでも神学部なのですけどね。なんだろう、集団になると重いのかなあ。

こんな感じです。普通に教会に行ったり大学に行ったりしてるだけじゃ絶対体験できないような気もします。お得ですね。

あ、あとやっぱり「ホザンナ」は「早く救ってください」みたいな意味だそうです。詩篇118。いままで知らなかった・・・。
ちょっと調べればすぐ出てきたことだったんだなあ。 続きを読む

Chi mangia solo crepa solo.

2006.04.12
今日はそこそこ暖かな1日でした。
夕方からね。
うーん・・・

逃げて逃げて~

2006.04.11
なんなんでしょうね、身近なところでシモン・マグスちゃんが叫んでいます。
私は催眠術師は好きじゃないですよ。実際のシモンは催眠術やったかどうか良くわかりませんけども。やつはグノーシスか。まあいいや。

自分でも意味がわかりません。
とりあえずペトロ行伝でも読んで出直します。

池袋は嫌いです。

2006.04.10
エミリー・ローズ
とりあえず箇条書きで感想です。文章つなげるとわけわからなくなるもので。

・観客少なすぎです。大容量の映画館にたった10人。
・エミリー役の演技がすごかったです。とりあえずなんだ、色々とびっくりしました。
・出るぞ出るぞって雰囲気のホラーは嫌いです。出ちゃえば怖くないんだけどね。今回は音に驚かされました。
・裁判の展開が面白かったです。これがメインディッシュになるような感じでもなかったけど。
・色々と向学心というか好奇心をくすぐられました。調べたいことが増えたかなあ。
・検事とかお医者さんとかなにより神父さんとか、おじ様系が素敵でした。全体的に。

それでなんだ、やっぱり悪魔とかなんとか私はいるかなあとは思うのです。正教会関係の本を読んでいると、神の存在というものがその存在は可知でもその本質は不可知みたいなように書かれています。わたしはその考え方そいうか神学というかに、わりと納得できるわけです。これを悪魔とかそういう存在に当てはめるのも乱暴かもしれませんが、やっぱりその本質自体が不可知な世界っていうのはあると思うわけです。まあなんだ、何語ってるんだか。まあいいや。
それにしてもこの映画、実話ってウェイトが大きかったと思うわけです。で、なんとなく調べたら実際の話の方が見つかりました。wikipedia様はたまに偉大。ヒットラーの悪魔ってすごいですね。

僕はミハエル・シューマッハ。今僕の心の中に二頭の馬が走っている。オグリキャップと君だ。

2006.04.09
こんなフレーズが頭から離れなくてどうにかなりそうです。
どこで見たんだろう、これ。
きっとなんだ、他愛のないところで見たんでしょうけども。うーん。

今日は花粉様が暴走してらっしゃいました。
正直私の鼻はついていけません。
だれか助けてください。

こなぁぁぁゆきぃぃぃ・・・

振っても何も出てこないよ

2006.04.08
そういえば7日は聖フランシスコ・ザビエルの誕生日でした。
私にはなんで世界史とかその他でペトロ・ファーブルさんがシカトされてるのかがいまいちよく判りません。最初にイグナチオと仲良くなったのはこの人だそうです。この人がいなかったら、フランシスコはイグナチオといまいち打ち解けなかったような気もします。
どうなんだろう。

まあいいや。

たまには。

2006.04.07
ユダは裏切り者じゃない?「ユダの福音書」写本と確認
エジプトで70年代に発見され古美術商の手にあったパピルス紙の束が、専門家らによる修復鑑定作業の結果、初期キリスト教の幻の外典「ユダの福音書」の約1700年前の写本だと確認された。聖書ではイエス処刑への道を開いた「裏切り者」として描かれる「イスカリオテのユダ」が、実は、イエス本人の命令に従い「救済」を完成させるために引き渡した「善行の人」だったと主張する内容で、議論を呼びそうだ。

久々に夕刊を見て、第一面に「福音書」だの「ユダ」だのとなじみのある言葉が踊っていてびっくりしました。比喩じゃなくて使われているのをみるのは結構久しぶりです。
福音書というのはそもそもキリストの言行を記録した文書で、マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネと新約聖書に入ってるもの以外にも「マグダラのマリアによる福音書」だの「原トマス福音書」だのといろいろと胡散臭いのも存在します。新約聖書に入っているもの以外は、これから書くグノーシスだのの影響を受けていたり(というかその見地から書かれていたり)、その他色々とノイズが入っていたりで偽典として扱われています。だから「五つ目の福音書が見つかったー!」って話ではないわけです。
それでユダによる福音書、各報道紙なんかでは「議論を呼びそうだ」だのなんだのと書かれていますが、この記事の最後を見ると、そこまで大混乱みたいにはならない気もします。教会大激震どころか、穏当に資料としての扱いを受けそうです。なぜならこれはグノーシス主義なんていう立場から書かれたものだからです。この主義はキリスト教のなかの天敵で、一時期は相当な力を持っていました。だって楽なんだもん。ニケヤ・コンスターチノープル信条なんていう全キリスト教に共通する信条がありますが、こういうのにもしっかり、グノーシスに気をつけろ的なことが書いてあるのです。(『乙女マリアより体を受け』云々)

ところでこのニケコン信条、オーソドックス(東方正教会)だとカトリックやその他プロテスタント諸派とは微妙に違うのです。「聖霊は父と子から出て」なんてフレーズがあるのですが、オーソドックスは「聖霊は父から出て」なんていう風になっているわけです。もともとオーソドックスのほうが正しくて、カトリックの「父と子から」っていうのは微妙に最初とはずれてしまっています。なんだ、ここのところを「フィリオクエ問題」なんて言ったりします。意外と大きな問題なわけです。父と子から出てることになると、聖霊の立場が微妙に低くなってしまうわけですから。これのために東西の分裂が決定的になったといっても過言ではないわけです。キリスト教があまりに広範囲に広がったために、東方と西方が文化の違いや諸般の事情でうまく連携がとれなくなってしまったための相違でしょうけども。

んで、なんだ余計な話をしましたが、ユダの福音書。グノーシスというのはややこしくてうまく説明できません。とりあえずプラトン主義が変に誤解されたのが始まりとかなんとか、どっから出てきたのかがいまいちまだ明確に判っていません。大雑把に言うとお肉が嫌いな二元論な人たちです。ベジタリアンじゃありません。旧約聖書に登場する神と新約聖書に登場する神を別物と考えます。そして肉体をダメな神様が作った嫌なものと考えて、「神であるキリストが肉体なんて持つわけがない」みたいな考えの下、神の受肉なんてのを否定してしまいます。平たい話、キリストを幻覚で済ませてしまうわけです。それに加えて、キリスト者たちが重視する現世での行いだのなんだのを全否定してしまうわけです(肉体は穢れてるからなにやってもオッケーって)。そうするとなんだ、いろいろ大混乱なわけです。新約聖書の後半にある書簡集なんかにも色々と注意してよ勘弁してよといったようなことが書いてあります。ユダによる手紙(イスカリオテのほうじゃないよ)なんか必死です。
ここのところ、書いていくと深みにはまってきりがないのでここら辺でやめます。まあいいや、よくわからん。
なんだかんだいって、この文書に書いてあるユダ像はとても面白そうです。ユダは同名のユダさんが洗礼名として人気がなくなるほどキリスト教世界では嫌われている人ですから。だからなんだろう、パラレル的な興味はあるかなとかそんな感じです。

なんだろう、改めて読み返すと自分が何を書きたいかよくわかりませんが、とりあえずフィリオクエ問題を強調してみたかっただけのような気がします。
とりあえずあれだ、4月末に刊行されるといううわさなので、機会があったらちょっと読んでみたいです。原語のままだったらお手上げですけども。ダヴィンチコードの勢いで和訳されないかな。無理かな。
とりあえずグノーシスとかそこのところは里奈さんが判りやすく書いてくれているような気がします。ていうかなんだ、かぶったよ。

◆参考
ナショナルジオグラフィック内特集

葉桜もいいものだとおもうけどね

2006.04.06
なんだ、今日もサークルの勧誘デーでした。
もう大混乱。
学部の新入生合宿が終わってかばん抱えて帰ってくる一年生をみんなでわーわーやるわけです。
こっちはもともと小心者なので、どうしようもないから適当にやっていました。
強引にノリよくなんて無理です。
たまに向こうから声をかけてくれる人なんかもいて、助かったというかなんというかそんな感じです。

大学横の桜並木も、だんだん花が薄くなってきました。
街灯で照らされる桜がなかなかいい感じで、帰り道は夜桜見物をしています。地面にはブルーシートが敷き詰められて色々転がってますけども、斜め上だけ見ていればなかなか乙なものです。
それに、桜が散っても八重桜はこれからです。私は通学路には恵まれていて、普通の桜も八重桜も両方を満喫できるのです。
メリットデメリットはあるにしろ、夜に外をふらふら出来る機会が増えたと言うのはそこそこ面白いものです。

世界には輪郭線なんてものは存在しないんだよ

2006.04.05
大学には、サークルの勧誘活動だけをする日なんていう不条理な日があるわけです。
今日はそれでした。
雨がたたきつけ、風が吹きすさぶ中、誰にも声をかけずに終わりました。
なんだ、体育会系の囲い込み勧誘には勝てません。
というか、あの様子を見ていると新入生が気の毒です。
勧誘するのが逆効果なような気もしてしまいます。
うーん。

疲れた

2006.04.04



写真は通学路にある桜並木です。
いい具合にライトアップされていて、今のところ壮観です。
なんだ、携帯のカメラは画質が悪くて苦手ですけども。

さりげなく昨日よりも忙しい一日でした。
うーん、明日も早い・・・。

桜散らしの春一番?

2006.04.03
今日は風がすごかったです。
一日の流れも風に飛ばされました。

まず入学式で歌いました。
それから昼食をとり、ミサでも歌い、哲学の先生のところに押しかけて、その後の時間を大学の授業割に対する愚痴でつぶし、聖歌隊の練習に出ました。
なんだ、聖歌隊関連ばかりです。去年なんとなく出て、なんとなく感心していた入学式の舞台裏は割とハードだったようです。
それにしても今の学長先生は挨拶がとても下手。学者肌の方なのかなあ。変に色気を出したせいか、大学がまるでどこかの専門学校の紹介のようでした。

とりあえず履修の件で非常に心配してた事柄は一応事なきを得、後は何の気兼ねもなく英語に胃をつぶすことができそうです。
なんだろう、私はきっと、やけくそになれば普通よりも少しアクティブになれるような気がします。
スイッチを入れるのが難しいですけども。

"Eatur quo deorum ostenta et inimicorum iniquitas vocat. Iacta alea est!"

2006.04.02
なんにも投げられていませんとも。見つけた記念に引用しただけです。日本語ほどかっこよくないというか淡々としてるというか、訳した人は素敵ですね。

今日はニコライ堂の聖体礼儀に最初から最後まで初めて参加しました。おおよそ3時間歌いっぱなしの聖歌隊に敬白しました。なんだろうなあ、とりあえずいつかまとめようかなあと思います。何度か行きたいなあ。
その後救世軍の本営へ。本営といっても神田小隊というひとつの教区みたいなものがあるのですけども。
この二つ、たまたま近くにあるから続けていったのですが、思うと色々と対照的なわけです。
正教会は私の浅い理解では体験重視という部分が大きいのです。しかもなんだ、霊的なというかなんというか。今あるキリスト教の諸派の中では、神秘とかそういう言葉が一番似合う気がするのです。救世軍のほうは確かに霊とかそういう働きを重視(?)するところは変わらないのですが、色々アクティブなわけです。秘跡にあたる部分がまったくないというのがとても興味深い。「その根源にあるものを内在化させていくから」とかなんとか。やっぱりそこを見ていくと、典礼の意味とか意義とかが違った角度からも見出せるような気もします。
なんだろう、本当に双方雰囲気がまったく違って、でも両方とも「キリスト教」ということに驚きというか(不謹慎かもしれませんが)面白みを感じました。どっちかに単独で行くよりもインパクトがあったかな。でも今日一日の情報量が大きすぎて処理できない感じです。
とりあえず今日は色々な人に迷惑をおかけしました。すみません。また行きます。
色々面白そうな本が手に入って満足です。

エイプリルフール

2006.04.01
家族が私以外全員体育会系であるということをなんとなく納得しました。
家に帰ったら、アンチ巨人の父と巨人ファンの母がなにやら言い争い、その横で弟がラケットのガットを切っていました。
体育会系軟派は嫌いです、お姉ちゃん。
全体的に軟派は嫌いです。
こっちが根暗なので、軟派のきらきらオーラに耐えられないのですよ。
私はべつに硬派でもないですけども。

よくわからないことになりました。

なんだろう、私は暗示とかにかかりやすいタイプの人間ですよ。
それだけです。
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