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性別とかなんとか

2005.06.02
今日、新約聖書の講義で「聖書における女性」観についてやりました。
やっぱり、旧約の女性観とかは現在から見るとちょっとおかしいです。
「婚約してない処女を襲った男は、責任をもってその娘と結婚し、離婚しないこと」とか。
でもこれって、最初は変だよーと思っていたのですが、シラ書の「奥さん怒ったら竜より怖いから、外でため息つきながらご飯食べるのさ」みたいな恐妻ポエム(?)を見ていたら、ある意味男にとっては、自分が負い目を持っている女性と離婚できない結婚をするというのは、すごい怖いことなのかなと思ってしまいました。

で、帰りに大学内をふーらふらしてたら、偶然学科の友人と同じ修道会の人に出会って、その人が訳したという本のチラシを一枚いただきました。
内容はキリスト教における女性の地位について。
なんだか不思議な偶然ねえと思ってしまいました。
女性についてやったあとに、女性についての本を訳した人に出会って、すこしお話してチラシ貰うって。普段はそんな雰囲気もほとんどないんです。

帰りにイグナチオの18時ミサに出ました。
びっくりしたのは、その日の福音朗読箇所がちょうど今回の講義で「女性の地位関して」の資料として取り上げられた部分だったこと。
マルコ12.18-27。
そこだけ取り上げれば、ただの天の国にかんする言葉だし、説教はなぜか旧約の朗読箇所の説明に終始していたので、このミサでは「女性について」なんて取り上げられなかったけど。

勉強していると、私が司祭になることはやっぱり無理だし(受洗してもいないようなのが言うのも難だけど)、教授や先生がたも全員男でしかも神父さんだしと、女性って不利なのかなあと思うことは割に多いです。形式上の問題かもしれませんが。
もっと「キリスト教と女性」について考えた方がいいのかなあ。これを考えることで余計に自分の性別に縛られてるような気はしてしまうけど。

私の好きなコヘレトの言葉にも、「死よりも、罠よりも苦い女」(7.25)だの「千人に一人としてよい女は見出さなかった」(7.28)だのと書いてあって、それがちょっと悲しいです。
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コメント
聖人の筆頭たる聖母は女性です。

現実にも、教会を支えているのは女性だと思います。

教会で女性が不利ということは、実際上はないと思いますよ。
【2005/06/04 18:34】 URL | いち信徒 #XFFAm6V.
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