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授業の復習。

2005.12.12
クリスマスコンサートが終わったわけです。
やる前はなんだかんだと不安な点もありましたが、始まると一瞬ですね。
来てくれた友人、家族に感謝です。

んで、今日はどこかの先生に変なクッキーを押し付けたり、それを友達にばら撒いたり、なんか他の人にもばら撒いたりと、今考えると崖に向かって全力疾走したくなるようなことをしでかしていました。
最近こういうこと多いですね。
われながらギリギリです。
もう「失恋したい」どころじゃないよと。

で、最近なんとなくクリスマスについて考えてみたのですよ。
もちろんキリスト教に胸の下くらいまで浸ってる私には、救済の始めであるキリストの生誕日だとかなんだとか、ごちゃごちゃと理解していて、もちろんそれを祝っています。いろいろと歌が覚えられたせいか、今年は楽しくて仕方がありません。
それはおいといて。
私の周りにも、ついにクリスマスが何の日か分からない人というのが現れたりしたのです。いままで「こういう人いそうだな」と思っていたのですが、実際目の前にいると説得力あります。きっと日本にはそういう人もわりといて、というかそっちのほうが大多数だったりするんですね。
そんな状況でも、クリスマスの盛り上がりっぷりはすごいものです。最近の生活圏が都心に移ったせいか、目の前にガンガン流れてくるんです。盛り上がりが。シュトレンだのリースだのオーナメントが山積みで売られてたりして。
ちょっと前はそういうのに対して「なんかなあ・・・」と思ってたのですが、クリスマスの起源を考えると意外と納得できるのです。クリスマスっていうのは、当時ローマで盛んだったミトラ教の太陽が生まれるお祭りを、キリスト教が取り入れたのが始まりなんです。よく聞く話ですけども。「太陽が新しく生まれる日」を「世の太陽であるキリストが生まれた日」っていうふうに置き換えたのです。だから25日はキリストが生まれた日を象徴的にお祝いしているのです。うろ覚えですよ。
こんな事情があるから、一概に「クリスマスはクリスチャンのもの!」とは主張できないのです。もちろん、後からいろいろ付け加えられたものはあるのですけども。
まあこんなこと書いて何が言いたいのかと言うと、別に信者でもなんでもない人でも、心の中の太陽みたいなものが見出せたり灯がともったりで、皆が楽しくなれるクリスマスって素敵ですねということです。

いやなに、寝言です。
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