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十二日目 マリエンフェルトへ

2005.08.20
6:30に起床しました。
今日はついに、教皇によるミサがおこなわれる会場、マリエンフェルトに移動する日です。
イタリア人が戦闘体制に入らないうちに、先回りして食事を頂きました。
なぜかハム類が増えています。生ハムとか。イタリア人仕様ですかそうですか。
そして時間がたち、嵐のようにメッセを去っていくイタリア人に続いて、日本グループもハイリゲ・ファミリエ教会に向かいました。イタリア人はごみを落としすぎです。
教会では出発ミサを行い、ミサ前に配られた折り紙を折りました。これを回収して再分配し、まあなんというかお守りのように使うそうです。
んで出発です。
さよならハイリゲ・ファミリエ。宙に浮かぶ聖櫃は前衛的でかっこよかったよ。
これからは基本グループで行動することになりました。
私たちの班は少し変わったルートを取ったのか、電車では大きな混雑にあうことも無く、座ることさえ出来ました。車内では、やっぱりなんとなく外人に鶴を配ってみます。
ですが微妙なハプニングが起こりました。「会場の近く」まで行くバスに乗るとき、男性陣とはぐれてしまったのです。まあしょうがないよねと、女6人で会場に向かうことに。
会場へ向かうまでの徒歩は、一応「巡礼」です。歌を歌ったりしながら向かいました。こっちが歌ってると、ほかの国の人が手をたたいてくれたりあっちも歌ってくれたりと、なんだか楽しかったです。道中、地元の人たちがリンゴやチョコレート、水を配ってくれたり、屋台がいろいろと出ていたりと、あまりしんどい思いはしませんでした。なによりも景色がとても綺麗でしたし。

6時ごろ(?)マリエンフェルトに到着。日本の区画は、わりと教皇のいる山からちかかったはずですが、着いたときには既に大量のイタリア人に占領されていたので、広場のはずれの方に行きました。広場といってもむちゃくちゃ広かったです。一区画が大きい。
やはりマリエンフェルトのあちらこちらにも屋台がたくさん出ていて、支給されたパンとジャムをかばんにしまってそっちに走りました。エセ焼きそばとチリソースつきの春巻きがおいしかった。
今日はミサはなく、夕べの祈りがありました。広場のいたるところに立っている画面に、教皇が到着するところから祈りまで映し出されていたのですが、到着時にちょっとごたごたしていて、落ち着いて到着を見ることはできませんでした。残念。夕べの祈りは落ち着いてみられましたけども。蝋燭がすごいことになっていました。
会場は夜露がすごく、広げた寝袋が一瞬でしっとりしてしまいました。エマージェンシーブランケットを上からかぶせてる人がいて、それは正解だよなあと思ったり。
なんだか長く寝ていると凍りそうな気がしたので、適当に会場をふらふらしました。イタリア人だかアメリカ人だかが、一晩中やってそうな勢いで丸くなって踊っていました。いたるところで。救急車があちらこちらを行ったり来たりしていて、なんだか音とか光がすごかったです。屋台はたくさんあるせいかほとんど並ぶこともなく、簡単にホットドッグだのビールだのを買うことができました。
こんな感じです。
いい加減疲れたかなあと思ったので、1時くらいに就寝しました。
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