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ロシアンティを作りたい。

2006.01.10
今日の美術の授業がルネッサンスについてで、それは楽しめました。あれだけ時間の進みが速い授業も珍しい。ですが時間が詰まっているせいで、どうも早歩きで薄味な点がキズ。ビザンチンとかはあれだけ詳しくやったのになあと。ちょっと寂しさを感じます。

それはそうと、まわりが色気づいています。とりあえずどこぞの氷結しかけてるマリアナ海溝にエクソシストでもお呼びしたいです。
なんでこう、周りだけ色気づくんでしょうね。本当に。まあいいや。

続きはただの愚痴。
で、また愚痴みたいなことをうじうじ書くわけです。

今日、午前の講義で思ったことなんですけども、キリスト教と政治的な思想って切り離せないんですかね。
そこを熱く語れるまで物を知らないのでなんとも言えないのですけど、どうも今日は先生の政治語りに辟易してしまったのです。
べつに小泉総理とか靖国反対とか、その考え方を否定する気はないのですが、その語り口が妙に扇情的になりすぎていて気持ちが悪い。失礼ですけども。
こういう政治的な考えを語るとき、扇情的な面が表立つと、どうも不快感だけがこちらに来てしまうのです。その考え方の背後には、きっとなにかすごい神学だのなんだのが流れているのでしょうけど、そこから説明してほしいのです。ただ、「世界の常識から外れてる」だの「隣国の感情を考えろ」だけだと、どうもわからないのです。そもそも世界の常識とは何なのかとか、中韓だけが隣国なのかとか、いろいろとぐちゃぐちゃ考えてしまいます。
なんだかしつこく書いて見ますが、先生の考え方はそう悪いものではないと思いますし、それを批判する気もありません。右だ左だに拘るのは愚の骨頂だと思いますし。ただ、なんだかアプローチと言うかなんというか、そこら辺が引っかかってしまうのです。こんな自分がなんとも中学生じみているようで、そこにも嫌気がさすのですけども。
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