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十日目。生まれて初めてローマ教皇をナマで見た。

2005.08.18
徹夜でフラフラです。寝たいんだけど話しがはずむと眠れなくなるもので・・・。しょうがないから朝風呂に行きました。わりと優雅なもんです。
一応ここでの生活も要領つかめてきたので、さりげなく洗濯物とかも洗えるようになってきました。専用の干すゾーン作ってみたり。・・・楽しいかも。でも食事は最悪ですね。とにかくパンしか出ないので。私はご飯派。

まあとにかく。
今日はハイリゲ・ファミリエ教会でカテケージスでした。御聖体について。徹夜でまあ・・・記憶が飛んでしまいました。
その後、ベネディクト16世の歓迎式典がライン川でおこなわれるというので行くことに。ただ、ものすごい混雑が予想されたので、行かない組と行く組に分かれました。ちょっとサバイバル気分。
身構えていったものの、選んだ経路がよかったのか運がよかったのか大きな混雑にあうことなく、無事にケルン川沿いに着きました。ライン川を流れてくるそうです。ベネさま。
欲を張って人が多い川上の方に行ったのですが、これが微妙に失敗でした。ここでいいやと腰を下ろした私たちの目の前にゴミ箱がありました。んで、その上にアホドイツ人親子が来て、その上に立ってるんです。尻しか見えない。親父の尻。とりあえず娘の方にガンを飛ばすことしか出来ませんでした。
まあでも、なんとか人の間から川を見ることが出来て、ベネさまが乗ってる船も見ることが出来たんです。
べーねでぃっと!
目の前を一往復です。往路は遠かったのですが、復路がおもいっきり近くて、なんかマント(?)がはためいてるところだの顔だのがしっかり見えて感動しました。あんなに感動したのは初めてです。後ろに枢機卿がだーっと並んでるし。すごいなあ。やっぱり。

ひとしきり感動したあと、私たちは即帰りました。このあとケルン大聖堂でお話しなどをしたようですが、これを見てると混雑で無事に宿舎に戻れるかどうかがあやしくなってしまうのです。
ちょうど人波の先頭集団に入れたせいか、なんとか駅に入ることは出来ました。私たちの目の前で警察が駅を封鎖していました。混雑予防とか・・・。

8時半ごろに宿舎に戻ることが出来、お月見などをして呑気に過ごしました。別の経路で行った友人は11時過ぎに帰ってきたり。閉鎖後に駅に着いたらしいのです。
12時ごろに就寝。

九日目。迷子になった。

2005.08.17
6時半起床。
いよいよケルン大聖堂に巡礼です。ライン川沿いにずっと歩いていくだけですけども。途中で諸聖人の連祷などの歌が流れていて、だいぶ落ち着いた気分で歩けました。
ケルン大聖堂の周りはすごい人で、最初は日本人グループで固まっていたのですが、ばらばらにはぐれてしまいました。一応一緒にいた人たち6人ほどで固まっていたのですが、さすがにこの人ごみだと一度大聖堂に入ったらしばらく出て来れないのではないかということで、大聖堂の中は断念。空が恐ろしいほど青かったです。

それからボンのAYGの会場に向かうことに。その6人ほどで向かうことになったのですが、私が水を買っている間にはぐれてしまいました。
自業自得です。
喉が渇いたと水を買っていたら、ちょうど電車が来たので、これだと思って飛び込んでしまったのです。そしたらなんだか違ったようで、途中で降りて警備のおじさんや案内の人やホットドッグ屋のおねえさんやらに必死に聞きながらケルン駅まで戻り、うろうろしていました。そしたらちょうど、別行動していた班の人たちと合流することができ、なんとかボンに。
AYGでは盆踊りをすることになっていたので、浴衣に着替えました。浴衣は人気。
会場に音源を持っている人や踊りを中心的にまとめていた人がまだついておらず、すこしハラハラしましたがなんとか間に合い踊りました。割にうけていたので安心。
これが終わった後で、東ティモールの人たちが特別に色々見せてくれて感動しました。初めてこれに参加できたそうです。
帰りは着替える間がなかったので浴衣のまま帰りました。
ケルンで浴衣も珍しいかもしれない。
シャワーもぎりぎり浴びられました。プールの閉店時間に間に合うように浴衣で疾走。すごいことしてしまった。

人と喋ってるうちにこの日は徹夜してしまいました。

八日目。どんどん人が増えてきた。

2005.08.16
6時30分起床。
朝食はパンとヨーグルト。隣の比較的小さなホールに行って、並んで貰ってくるような感じです。

近所のハイリゲ・ファミリエ教会に電車で移動。ドイツの教会って、無賃乗車が簡単にできそうな感じですね。ルクセンブルグも。車内にまで落書きがあったり。
そこの教会で日本巡礼団の結団式をしました。ミサじゃなくて聖書朗読や講和など。めずらしいかもしれない。

その後、昼食をとりに教会近くの公園まで行きました。あまりに人が集まりすぎていたため、結局食事(スパゲッティとかあったらしい)はもらえず、近くのスーパーに。
寿司を見つけました。6.99ユーロ。ネタはサーモンとシャコ。意外と新鮮でおいしいのですが、シャリがとてもまずかったです。甘くて冷たくて堅くて米の形してない。一応日本米みたいだけども。機内食がもっと進化したような感じ。でもガリはとても美味しかったです。あと醤油入れ(魚の形!)の「プラ」にちょっと和みました。
さすがにこんな寿司だけでは物足りないので、スーパーの前で色々買って食事会のような感じに。迷惑かなあと思ってたら、普通に他の国の人たちもちらほらやっていたのでまあいいかと。ドイツ人なんかビール1ケース買って酒盛りしてるし。すごいなあ。

その後メッセの中にあるスタジアムに行き、ワールドユースデーの開会ミサ。
これに参加する国はあらかた集まってきたようで、会場がほかにいくつか分散しているにもかかわらず人がいっぱい。イタリア人なんて8万人ほどいるらしい。共同司式の神父さんがすごい人数。
さすがに多国籍過ぎるせいか、ミサは全部ドイツ語で統一。「und mit deinem Geiste(また司祭とともに)」と「Dank sei Gott(神に感謝)」だけは覚えられました。ウントミットダイネムガイステですよ奥さん。そして聖体拝領、私のいた辺りは人口密度に比べて神父さんが一人しか来なかったので、閉祭してもまだ続いていました。神父さんキツそう。
このミサの後にフェスティバルがあるというのですが、なんだかドイツ語でうわーっとやっているだけなので、それはサボってシャワーに行ってしまいました。

メッセの隅のほうにプールがあって、そこのシャワールームが使えるのです。なんというか、あそこで開会式してる人たちがこっちに来たらとてもじゃないなあと。鬼のいぬ間に洗濯?

明日はAYG(アジアンユースギャザリング)という、アジアの国だけが集まって色々と国紹介などをする集まりがあるそうで、宿舎では割りに大勢の人がソーラン節の練習をしていました。私はなんだか疲れたので就寝。

七日目。風呂入れないかも。

2005.08.16
7時5分起床。
今日でホームスティは終わり、ドイツに移動することになります。
8時30分に駐車場に行き、ホストファミリーの車でエシュテルナッハの教会へ移動。

そこで派遣式典。
式典というかミサです。そこに集まった諸国の代表的な聖人の御絵が奉納されたりしました。日本代表はルパン三世のような顔をした聖ザビエルでした。聖三木とかいるのになあと。イタリアはアッシジの聖フランシスコ。聖人のいっぱいいる国はチョイスが難しそうです。他の国は誰だかよく分からなかった。
7カ国くらい集まっていたようです。
ミサの後にハンカチを渡され、その地域で聖霊降臨の時に行われる行進を模したような感じで、教会地下の聖人のお墓に巡礼。なんか不思議な踊りを踊りました。イタリア人のテンションがすごい。聖人のお墓を見るのも生まれて初めて。残念なのは、誰なのかよく分からなかったこと。調べてもぜんぜん出てこないんです。もらったパンフレットもルクセンブルグ語だし。

その後食事をし、ホストマザーにお別れを言いました。
別れてから、ドミニコ会系のブラザーとすこしお話。英語が分かりやすくてよかった。宗教的なことを気兼ねなく話せるっていいなあと思うけど、「どう思う?」と聞かれてもすぐに言葉が出てこないものです。英語ならなおさら。

それからバスに乗り、次の宿舎まで移動しました。ケルン・メッセです。メッセの会場。
事前に人から「メッセに泊まるらしいよワクワク」みたいなメールももらっていたので、メッセかよと思いながらなんとなく覚悟はできていました。
でも現地について驚いた。とにかくただっぴろいのです。広さの感覚が狂いそう。そしてその上に区画整備がされていて、国別にエリアが分かれているような具合です。日本は300人ほどしかいないのに広い。しかも男女一緒。
なんかすごい経験してるかもなあと思いました。普通に行ったらこんなところ泊まれないじゃないと。
そして夕食。サラミとパン、野菜の缶詰にりんごです。意外と豪華。何食か足りないようなので、友人と一緒に食べました。

寝るのは床にごろ寝です。寝袋さん大活躍。近くにフィリピン人がいたのですが、普通にテントや空気で膨らませるベッドなんかともってきていてびっくりしました。ある意味正解かなあ。
興奮して(?)眠れなかったので、外をぐるぐる散歩して見ました。
キャンピングカーの展示会でもあったのか、裏に沢山泊まっていました。一瞬この中で寝たいと思ったりして。
立ち入り禁止のところに入ってしまったようで怒られましたけれども。

12時すぎくらいに就寝。ちょうどいい涼しさ。

六日目。なんか嫌な一日でした。

2005.08.14
9時起床。
10時45分からミサでした。今日は主日で、私も信仰宣言の一部を言わせていただきました。なぜか文語。ポンシオ・ピラトのもとにて~と。
ミサの後見知らぬ地元のおじさんに色々話しかけられたので答えていると、別れ際に微妙にセクハラされました。お御堂でなにやってるんだ馬鹿野郎。その後もずーっと着いてきました。あちこちに。思い出すと胃が痛くなるので詳しく書くのやめます。

ミサの後にバーベキューパーティがあって、臭くないラム肉をはじめて食べたり、エッシュにまた行って昔の汽車に乗ったりと色々盛りだくさんでした。
汽車では鉱山の見学をし、降りた後はジオグラフィックの写真展に行きました。
それから近くの喫茶店に行きました。
例のおじさんに住所を押し付けられ、こっちのも教えろといわれました。断った後になんだかもうどうしようもなく泣きたくなったので泣きました。おまえもうついてくるなよと。

それから小教区の教会に移動し、この4日間の写真をスライドショーで見ました。イタリア人盛り上げすぎ。おやじ私の斜め前に座るな。やっとここで別れられましたけども。
それから解散し、私はホストマザーの友達の家へ。そこで夕食会をするそうです。
おばさんにそのおじさんのことを相談すると、なんだか割と有名な電波さんだそうで。一日楽しかったのですが、なんだかつぶされた気分。
夕食会はいいかんじでした。魚介類が結構出たりして。
夕食中に、日本語の縦書きや漢数字についての話題が出ましたが、なんだかあちらの概念では理解するのが難しいそうです。
その後みんなで写真を撮ったりして解散。

これでルクセンブルグでの日程があらかた終わりました。ホストマザーの方には本当にお世話になったし、一緒の家に滞在した方にもお世話になりました。なんだかこの時点で「帰国だなあ」という気分なのですが、これからなんですよね本当は。すごいなあ。
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